先日、30年以上ぶりの懐かしい再会があり、ブログを書こうと思いました。

阪急豊中駅の線路沿いに、学校法人豊中キリスト教会学園 豊中愛光幼稚園があります。

40年以上前に通っていた幼稚園です。

当時は、お迎えのバスはなくて一駅半の道のりを歩いて通っており、後で聞かされた話では、制服がなく、比較的自由で校則のようなものが、あまりないのがよくて

通わせていたようです。

園庭にはシャトレーと呼ばれる、お城をモチーフにした大きな遊具があり、隣には教会、そこに牧師先生が住んでいて、卒園してからもしばらくは日曜学校にも通っていました。

牧師先生と親同士が懇意にさせていただいていたので、教会に隣接しているご自宅にも親と一緒についてゆき、親同士が話している間子供同士で、普段は立ち入ることのない教会の二階や入ったことがないエリアの探検が楽しかったことを覚えております。

どういうきっかけかは忘れましたが、当時の担任の先生とは、年賀状のやり取りが今でも続いており、そこから連絡を頂いて食事に来て下さることになりました。現在は千葉県にお住まいで、仕事で来阪の用事があったようです。

迎えた当日、再会の瞬間は緊張するかと思いきや、来店と同時に「ユウゴ君!」と大きな声で呼んでくださったことでかえってホッとし、「流石先生やなぁ」と内心思いながら挨拶を交わして料理にとりかかりました。偶然にも、同伴は当店近所の教会の奥様で昔の同僚だそうです。

一通り料理を出し終え、僕も一緒に話の輪に混ざり、当時の思い出話が始まります。

なんせ、幼児の時の話なんで、懐かしくもありむず痒く、居心地がいいのか悪いのか。先生から聞かされた話の大半は、まったくと言っていいほど記憶にありませんでした。

内向的で特に手がかかる園児だったようです。数少ない記憶の中に、なぜかはわかりませんが、一駅半離れた自宅に、先生が手をつないで送り届けてくれたこと、とにかく母親の次に常に先生といたことは薄っすらと覚えておりました。

ユウゴ君は覚えてないと思うけど、と前置きしたうえで先生が話してくれたのは、ある時

先生の視線に気づいた僕が「なんでずっとみてんの?」と聞いたところ、「おいしそうなお弁当やなぁと思って」と、その時僕が返した言葉は、「僕が美味しいものを作れる人になって、先生に美味しいものを作ってあげる!」と、まさかの一言!まったく覚えてなかっただけにこの日一番の衝撃でした。

全然覚えていない約束を、果たせたのかどうかわかりませんが、たくさん写真を撮ってもらい、お話し、近所の教会の方ともつないでいただき、帰って行かれました。もう、退職されているのですが、いろいろな方面からの依頼で、教育現場をサポートもされてて、お忙しい中での来店に心から感謝しております。

もう、園児ではありませんが先生のおかげで、次のスタート地点に立てたような気がいたします。

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